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東京地方裁判所 昭和46年(タ)177号 判決 1971年12月17日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 藤平国数

同 山口博

被告 乙山一郎

右訴訟代理人弁護士 宮崎梧一

主文

一  メキシコ共和国チワワ州ブラボス地方第一民事裁判所が、原告乙山一郎、被告乙山花子間の離婚請求事件(事件番号一一九三五―九六九)につき、昭和四四年一二月三日になした「原告と被告とを離婚する。」旨の判決は、日本においてその効力を有しないことを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

(一)  原告

主文同旨の判決並びに第二項につき仮執行の宣言。

(二)  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

二  請求原因およびこれに対する被告の答弁

(一)  請求原因

1  原告と被告は昭和三〇年八月三〇日長野県長野市長に対し、婚姻届を了して夫婦となった。

2  しかるに、被告は昭和四四年一二月三日、メキシコ共和国チワワ州ブラボス地方第一民事裁判所において「原告(本件の被告)と被告(本件の原告)とを離婚する。」旨の判決を得て、右裁判は確定している。そして、被告は同裁判所書記官が作成した右裁判が確定した旨の証明書を在ニューヨーク日本総領事に提出して戸籍上も原告と離婚した旨の登載を得た。

3  ところで右判決は少くとも民事訴訟法二〇〇条二号の要件を欠いている。よって、原告はメキシコ共和国における右離婚判決が無効であることの確認を求める。

(二)  答弁

請求原因1、2記載の事実は認める。3の主張は争う。

三  被告の主張

原告と被告は、婚姻後昭和三五年初め頃まで同居していたが、その後は別居して既に一一年間以上も夫婦共同生活の実がなく、音信さえも絶えており、もはや戸籍上だけの形骸化した夫婦であるところ、その間に、被告から原告を相手方として、二回にわたって離婚調停の申立をしたが、原告は、原被告間の円満な夫婦共同生活の復元ができないことを熟知しながら、被告が原告のもとを去った原因が他の女性と生活する目的であったため、被告はいわゆる有責配偶者に該り、離婚の勝訴判決を得る見込がないと考え、被告に対する復讐の念を抱き、被告が他の女性と婚姻することを阻止し、ひいては被告の幸福を破壊しようとする意図によって、いたずらに離婚することを拒みつづけたのである。そこでやむなく、被告はメキシコ共和国において、合法的に前記離婚判決を得て、アメリカ国籍の訴外リーラン・シーと婚姻して今日に及んでいるものである。以上の事情にもかかわらず、原告はなお前記同様被告の幸福を破壊する意図をもって、本件訴に及んでいるものである。してみると、原告が、前記離婚判決の無効を主張することは、権利の認められる本来の目的を逸脱し、倫理観念に反する不当な結果をもたらそうとするものであるから、権利の濫用に該り、許されないところである。

四  証拠関係≪省略≫

理由

≪証拠省略≫を総合すると、請求原因1、2の各事実をすべて認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そして、原、被告本人尋問の各結果によると次の事実が認められる。

(1)  原、被告は共に日本人で結婚後同居していたが、女性である原告(大正一二年一月二四日生)の方が一一才も年上であり、かつ、被告は原告が自分を従属的に扱うような感じを抱き、原告との同居生活を嫌って、昭和三四年三月ころ、原告のもとを去り、他の女性と同棲した。

(2)  以後今日まで、原、被告はほとんど音信さえもとだえていた。

(3)  その間に、被告から原告を相手方として二回にわたって離婚の調停申立がなされたが、原告はこれに応じなかった。

(4)  しかし被告は、弁護士から、訴を提起しても日本の裁判所では勝訴の見込がないと言われ、離婚の訴は提起しなかった。

(5)  被告は昭和三五年一二月ころ、国際版画ビエンナーレ展でその作品を認められたのを契機にして、次第に版画家として有名になって行った。

(6)  その後被告は、アメリカに渡り、当地の弁護士と相談し、住居地を離れたメキシコ共和国において、同国チワワ州ブラボス地方第一民事裁判所に対し、本件の原告を被告として訴を提起し右訴は主文記載の事件として同裁判所に繋属した。

(7)  同裁判所は被告たる本件の原告に対し公示送達による呼出手続を経て同人不出頭のまま原告が主張する離婚判決をした。

(8)  こうして、被告は再婚の資格を取得し、アメリカ国籍のリーラン・シーと昭和四四年一二月三日婚姻している。

(9)  原告は被告との夫婦生活が円満に復する可能性がないことを認識している。

そして右認定に反する証拠はない。しかしながら、原告が被告に対する復讐の念を抱き、被告の幸福を破壊する意図のみをもって本訴を提起しているとの被告の主張については、これにそう被告本人尋問の結果があるのみで他にこれを認めるに足る証拠はないし、かえって、原告本人尋問の結果によれば、現在、原告は被告に対し復讐の念を抱いでいると認められず、原告は、例え夫婦としての実質をともなわない戸籍上だけの夫婦であっても、被告の妻であることを心の支えに今後の人生を生きて行きたいと考えて、本訴に及んでいることが認められるのであるから、右被告本人尋問の結果のみを採用して被告主張事実認定の証拠とすることはできない。

以上の事実に基づいて、原告が主張する離婚判決の効力を考える。

一般に、外国においてなされた離婚判決の効力を、わが国において承認する要件については、民事訴訟法二〇〇条の適用があるかどうかをめぐって諸々の争いがあるところであるが、当裁判所は外国においてなされた離婚判決についても、同条がそのまま適用されるものと解する。もとより、同条は主として財産権上の請求にもとずく外国判決をわが国内において執行しようとする場合のことを念頭において立案されたものであるから、通常狭義の執行ということが考えられない身分法上の請求に基づく判決には、同条の適用はないと解し得る余地もないではないが、同じく外国判決承認問題の処理である以上、明文規定である同条の存在を無視する根拠は乏しく、前記のように解することが、同一の民事上の紛争の解決が各国において区々となることの不都合を避け、国際社会の利益のために、外国の裁判機関を信頼し、一定要件を充足するときは外国判決の内容を爾後審査することなく承認しようとする同条の立法趣旨によりよくそうものであり、かつ、実体法が各国によりそれぞれ異なる上、国際私法も統一を見ない現在において、一段と緊密性の要請される国際社会における私法生活の安定性を保障するに適するものであるというべきである。

そうすると、前認定の事実によれば、原告が主張する離婚判決は、メキシコ共和国チワワ州ブラボス地方第一民事裁判所において、被告とされた本件の原告は、公示送達により、訴訟開始に必要な呼出手続をされただけで敗訴の判決がなされたことが明らかであるから、右判決は、少なくとも民事訴訟法二〇〇条二号の要件を欠き、(前認定の事実によれば被告は住所地を離れたメキシコ共和国に訴を提起したのであるから、同条一号所定の要件を具備しているかどうかも極めて疑わしいが)その余の点を判断するまでもなく、わが国においてその効力を承認することができないものである。

進んで、被告の権利濫用の主張について案ずるに、前認定の事実によれば、原告と被告の夫婦生活が円満に復元する可能性はほとんどなく、被告はメキシコ共和国で得た離婚判決が無効であることが確認されると、訴外リーラン・シーとの婚姻はいわゆる重婚に該り、被告の結婚生活がおびやかされること、原告はこれらのことを知りながら本訴に及んでいることは明らかであるが、一方、原告は国際的に名を知られた被告の妻であることを心の支えに生きて行きたいとの希望から離婚を拒み、本訴に及んでいるものであるから、本訴提起が結果的に被告の幸福を破壊することになるとしても、直ちに権利乱用に該るとは言い難いし、その他本件の全証拠によっても、原告が本訴において前記離婚判決の無効確認を求めることが、権利の乱用になるとの事情を窺うこともできない。よって、被告の主張は採用できない。

以上の次第であるから、原告の請求は正当として認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用し、なお、訴訟費用の裁判につき仮執行の宣言を付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安藤覚 裁判官 鈴木経夫 多田周弘)

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